Ⅱ. 4つのクラッシュ:もの・サプライヤー・社内連携・指揮系統
東日本大震災では、4つのクラッシュが発生したと考えている。もの、サプライヤーとの連携、社内連携、指揮系統(リーダーシップ)である。「もの」については、前述のように、製品に組み込まれる原材料から、副資材や電力供給まで非常に広範囲にわたる供給途絶が発生した。原子力発電所事故よる外国人の帰国ラッシュが発生し、日本全体で労働力が不足するという事態までが発生した。回復期間も長期にわたり、部材在庫を使い果たした4月中旬以降は、第2次の困窮も発生してきている。経済産業省が4月26日に発表した調査結果(注10) によると、7月末までに部品や部材などの調達不足が解消するという企業は加工業の約3割、素材業の約5割というように、影響の長期化が想定されている。
では、他の3つはどのような状況だったのだろうか。
サプライヤー連携のクラッシュ~対応に忙殺される混乱
・発生翌週後半から被災先サプライヤーへの問い合わせが急増
・同じ内容の問い合わせや要請が複数社から集中し、対応が困難に
「ライフラインが途絶え、電気もつかず、トイレも満足に使えないオフィスの中で、当初は携帯電話で対応していました」。北関東にある企業の営業担当者から聞いた話である。地震が発生したとき、この企業ではエントランスのガラス扉がいっきに砕け散ったという。その直後に一斉に停電して明かりが落ち、生産活動も停止した。構内交換機が停止したためか、固定電話も不通になった。コンピュータネットワークへのアクセスもできなくなった。
「翌週14日から、可能な社員は出社して後片付けをしていたのですが、何かとても静かな感じでした。電話もメールも見ることができないため、取り組んでいる作業以外のノイズは入ってきませんでしたし、通常の生活から切り離された静寂さのようなものがありました。名刺に携帯電話番号が併記してあるため、何人かの購買担当者からは安否を気遣う電話をダイレクトにもらいました。」
状況が変わってきたのは、週の後半からであったという。「販売している部品の供給に関する問い合わせが急増しました。このまま納入が無い生産が停止すると、何度も同じようなことを問い合わせてくるのです。発注先変更などをちらつかせて脅すような非礼はありませんでしたが、とにかく粘る人が多かったです。こちらが何か新たなことを言わないと電話を切ってくれないというか。しかも1時間おきなどで確認してくるのです。いくつかの会社がそうでした。ある会社の購買担当者は、話し中で繋がらないことに腹を立てていました。こちらも総務部などに手伝ってもらって人員を増強して手分けして対応したのですが、要領を得ないところもあったのでしょうか。話にならないので担当者の私に代われと言われる場合も多々ありました。代わったとしても、こちらも生産復旧中ですから大したことは言えません。
翌週になると、とにかくこちらに確認に来るという会社が増えてきました。お客様の来社ですから、それなりの対応が必要になり、さらに忙しさが増しました。こちらも被災地で、生活環境も元に戻り切っていません。気持ちが切迫していたところもあったのでしょうが、あまりにしつこく問い合わせをされた取引先には、つい感情的な対応を取ってしまいました。考えてみると、私の会社も製造メーカーで、近隣から部材を購入していますので、同じようなことをサプライヤーに対してやっていたのでしょうか。日本全国で、こんなことが起こっていたのでしょうか。」
従来から災害が発生した場合に購入先からの支援要員派遣が行われ、現地での連携体制を確立し、早期の復旧を達成する事例は日本企業の特色であった。前述のリケンの事例でも応援要員の派遣があった。また、東日本大震災でも、購入先の自動車メーカー、株主の電機メーカーおよび設備メーカーから最大2,500名の支援要員が派遣され、7月末の再開予定が6月15日へと1か月繰り上がった事例もある(注11)。しかし、広範囲に影響が及んだ場合、全ての部品に対応が行き届かず、混乱が発生している事例もある。買い手側の購買担当者も広い範囲にわたる担当部材にモグラたたき的に対応せざるをえず、「一両日先までの生産計画を確認状況に応じて毎日作り直しているような状況」では、混乱の増加に拍車がかかっている。
社内連携のクラッシュ~取り合いパニックの発生
・発生直後は和気藹々な普段以上の協力関係
・一定期間を経由すると取り合いの大混乱(パニック)が発生し、“More haste, less speed”に陥る
「実際に災害に直面すると、群衆は概してとても物静かで従順になる。もちろん、9・11に階段にいた人たちはだれも、タワーが崩壊するとは思っていなかった。もしそのことを知っていたら、彼らがどんな行動をとったかは、知るよしもない。だが明らかにもっと悲惨な状況においてさえ、群衆はいわれのないパニックに陥ることはない。たいていは、人々は一貫して整然としていて――親切である。普段よりもずっと親切になる。」2
アマンダ・リプリーは、取材の結果から世界貿易センターに航空機が衝突した後、非常階段を使って人々が避難している状況をこのように記述している。一方で、事故を起こした飛行機からの脱出の際にパニックを発生させる実験では、「研究員が(実験の)志願者に、最初に飛行機から脱出した者には10ドル払うと宣言すると状況が一変し」、パニック状態が発生したことを、彼女は同じ著書内で記している。利害的な競争関係が持ち込まれ、利益獲得への焦りに基づく無力感、孤立感を覚えた場合、人々は無秩序な過剰反応に陥るものらしい。
同様の傾向が、東日本大震災でも見られる。
「最近仕事がめちゃくちゃ楽しい。会社としての優先順位が明確だから部門間の衝突が激減した。誰もが忙しいのを承知で、やりとりに気遣いがある。特に調達部門への依頼には期待と配慮が感じられる。後輩に仕事を任せるほど目に見えて成長する。自分で動いた分だけ前に進む。幸せだ~!」。ある購買スタッフの4月初めのTwitterでのつぶやきである。
一方、この時期以降、幾つかの企業では社内での部材の取り合いが顕著になっている。
ある企業では、震災直後は顧客からの受注が一時的に途絶え、顕著な問題は発生していなかった。しかし、4月からの新会計年度の営業活動が再開されると、部品不足に伴う生産減が大きな問題としてクローズアップされてきた。
例えば、この企業では、複数製品に共通使用する専用半導体を福島県のサプライヤーに集中発注していたが、このサプライヤーが被災し、復旧の目途が立たない生産停止に陥っていた。
主力部品のため約半月分の在庫を確保していたため、営業部門内でまず自社在庫分の取り合いが発生した。次いで間を置かず、購買部門への強い要請が発生した。この企業では伝統的に営業部門の力が強く、製品を供給する製造担当側は営業部門の受注した製品の確実に提供することを第一義とする暗黙の認識で社内が動いている。従って、受注見込みのある各々の営業部門が、購買部門に部品調達ができずに売上を達成できないことの責任追及が激しく行った。さらに悪いことに、購買部門の管理職がその対応を担当スタッフに丸投げしたことから、担当スタッフが直接に営業部門の各々の担当の要請を調整しつつ、サプライヤーとの調整も実施することとなった。睡眠時間も取れず、休日も出勤している担当スタッフは、「ほとほと嫌になって辞めるつもりでいるんですよ」と語りつつ、調整に終始せざるをえない現状が「急ぐほど遅くなる(More haste, less speed)」という逆説的な状況を発生させていると話してくれた。確かに、このような事態に陥る企業は、平時でも受注と製造の調整メカニズムがうまく機能できていないところが多いと思われる。しかし無秩序のまま放置した場合、時間がたつにつれて社内の混乱状態も激しさを増していくのも事実のようだ。
指揮系統のクラッシュ~計画的・組織的対応の欠落
・発生した状況に対する初期対応の遅れ
・適正な状況判断に基づき、達成目標を明確にした計画的行動の欠如・混乱
ヒューレット・パッカード(HP)社の上級副社長のトニー・プロフェットが、日本での地震および津波の発生の件で叩き起こされたのは、米国西海岸時間の早朝3時半だった。時差を考えれば、地震発生から約6時間後のことになる。プロフェットは、HP社が年間に購入する650億ドルの部品購入を統括する役割を担っている。日本HP社の社員の安否確認がまだ完了していないこの時点から既に、彼と彼のスタッフは平時に状況確認に用いている「仮想シチュエーションルーム」機能を立ち上げ、日本、台湾、アメリカをネットワークで結んだ状況確認を開始した。「その作業はまるで緊急治療室(エマージェンシールーム)でのトリアージのようだったよ」と、1週間後のニューヨークタイムスの記者のインタビューに対して彼は語っている。13 この時点で、複雑な生体システムのようなサプライチェーン上の綻びの検出と確認が開始され、順次対策が立案されていたことがうかがわれる。その結果、HP社は流通在庫を含めた非定常ルートでの供給困難品の手配をいち早く開始し、被害の最小化に努めていた様子である。
一方、関西に本社を置く日本企業の中には、週明けの14日になっても現実の危機感を持った行動に至れていなかったところが少なからずあったと耳にしているし、筆者の感覚もそうである。供給に関する事業継続計画(BCP)、特に供給先リストが整備できていなかった、あるいは発動しなかったことがあるのかもしれないが、ある企業が部品供給の確認を開始したのは他社の動向が伝わってきた週半ば以降になっている。
供給不足が顕著になって以降は、生産・販売などの利益に直結する意思決定を下す必要があるため、それに相応するトップマネジメントがリーダーシップを執ることが必要になる。しかし、一方では全社的意思決定をなかなか下せずに、購買部門長が現場とトップとのメッセンジャーボーイと化していたり、前述の社内連携の事例のようにリーダーシップが喪失した場合もある。
一方で、匿名を前提に概要を話してくれたある企業では、事業継続計画(BCP)の一部として作成されたコンティンジェンシープランに従って、以下のような対応が実施されている。
まず震災翌週の3月14日朝に、社長を本部長とし、購買部門長など関連部門の長を構成メンバーとする非常時対策チームが設立された。設立と同時に、計画で定義されていた手順に従って、各部門で現状確認すべき作業項目の一覧リストが作成され、チーム内で共有化された。続いて、各部門で分担された確認作業が開始された。確認作業は一定期間ごと、最初は14日夕方に完了分が集約され、進捗が確認された。一方で、収集された状況に基づき、最も想定されるケース、ベストケース、ワーストケースの3つのケースのシナリオが作成され、まずは直近の達成目標とそのための対応策の決定、およびさらなる確認項目の決定が行われた。達成目標には、やがてシナリオごとの中期目標が追加され、現在は半年以上先の長期目標まで設定されている。特に、最も起こりうるケースの目標は進捗状況とともに、全社員に概要が公開されている。
購買部門では割り当てられた作業項目を、部品単位、サプライヤー単位の確認作業にさらに細分化し、担当者ごとに納入可否の確認が実施された。購買部門では主要部材の供給先一覧リストが既に作成済みで、一部情報が更新されていない部分があったにせよ、作業を計画するに有効に使用できた。作業の進捗状況は部品・サプライヤーごとに星取表で管理され、必要に応じて更なる確認や他の調達方法の検討などの作業指示が出されている。
このような対応体制を実施することで、予期せぬ事態が発生することもあるが、混乱を最小化した対応が実施できているのではないかというのが、話してくれた知人の感触であった。
Ⅲ. 供給クラッシュへの対応
これまで、企業の現在の対応状況の有効性と供給クラッシュにて発生した4つのクラッシュの状況を確認してきた。では、従来の準備に加えて、我々はどのような対応を考えていくべきであろうか。
#1:供給サプライチェーン構成企業間で事業継続計画(BCP)を共有する
まずは、事前準備の領域から見ていくことにしよう。東日本大震災でも、発生後迅速な対応の目途をつけるには部材ごとの供給一覧リストは有用であった。しかし、調達先サプライヤーが特定できたとしても、そのサプライヤーが災害に脆弱で容易に生産停止が発生するようでは心もとない。危機の発生後に代替サプライヤーを探すにしても、他社からの受注殺到などによりうまくいかないことも想定される。従って、サプライヤーを選定する基準として、取引するサプライヤーが十分な事業継続計画(BCP)を有しているかは、今後の重要なサプライヤー選定基準となるであろう。
並行して、サプライヤーの事業継続計画(BCP)が買い手企業に提出され、内容が評価されるようになるとともに、有事の際にはその事業継続計画(BCP)に基づいた対応の進捗状況が共有されるようになると考えられる。
このような状況が実現されるためには、企業の事業継続計画(BCP)の作成を促進する対策がなされるとともに、事業継続計画(BCP)様式の標準化が進められなければならない。サプライヤーに提出を要請する書式が、買い手企業ごとに異なる非効率は排除されなければならない。日本の産業界全体として、必要最小限の記述内容を取り込んだ標準の事業継続計画書(BCP)様式を定義しなければならない。
#2:危機発生に対応した情報インフラを整備する
さらに紙や電子ファイルの形態で、個別企業間で事業継続計画(BCP)を共有することも、作業効率上好ましいことではない。様式が標準化できたならば、標準様式の内容を登録し、必要な企業に公開できる共通データベースの公共情報インフラの整備も考えられる。登録したサプライヤーは、公開する企業にのみアクセス権を設定できるようにすれば、自社の機密情報が含まれる可能性のある計画をオープンに一般公開する危惧もなくなる。このようにして共有が進むならば、買い手企業は、直接の取引先のみならず、場合によってはさらに深いレベル(ティア2以降)のサプライヤーの事業継続計画(BCP)の公開を受け、危機の際の広範囲な状況把握に活用できる可能性がある。
一方で、買い手企業はサプライヤーに対して、年1回などの頻度で経営・財務情報などの情報収集・確認を行うことが通例となっている。この作業も企業ごとに独自様式で情報を要求しているため、非効率な内容となっている。様式は違えども収集する情報項目に大差はないことから、この情報収集も含めた共通データベース・インフラの構築は、産業界全体の効率化に結び付くと考えられる。
東日本大震災では、思いがけない副資材の調達困難が発生している状況があった。また、被災の困難の中、問い合わせが集中して対応に困難を来した事例もある。このような対応のために、サプライヤーの最低限の状況を買い手企業が都度確認しなくても、概要を把握できる状況掲示・伝達機能の整備も、共通インフラとしては考えられるべきであろう。個人の被災者に対しては、各各種の災害伝言板機能が提供され、安否確認に活用された。企業の場合、登録できる情報量をより充実させた掲示板機能が必要ではないかと想定する。東日本大震災では、報道が被災者や原子力発電所に集中し、企業の状況の報道が少なかったとの声を筆者も耳にした。また、ある被災企業で工場内の状況写真を見せてもらったが、文章での説明に比較して画像は状況を認識するに非常に有効であった。現在は、静止画像だけでなく、動画も携帯電話などで撮影できるまでに技術進歩が進んでいる。また、企業ごとのホームページに情報が掲載されたとしても、個別企業ごとにそこに辿り着く手間は馬鹿にならない。従って、企業の概況を一元的に提供できる危機時の情報伝達インフラの整備は、もう1つの可能性であると思う。
一方、部材の分配は個々の買い手企業とサプライヤーとの間で判断され、決着すべき事項である。従って、危機の際に直接取引がある企業間でのコミュニケーションツールは、別途準備されるべきであると考える。
東日本大震災では、電話などの既存通信手段が途絶する一方で、インターネットが有効に機能した。従って、ネットワークメディアの有効活用をさらに考えていくべきである。
#3:優先対応すべきクリティカル部材を事前に明確にする
個々の部材のサプライヤーから視点を移して、購入している部材全体での対応を考えてみよう。
危機への対応の効率性を考えるならば、調達部材すべてに同様の対応を図るのは効率が悪い。優先順位を付けた対応が図られるべきである。
例えば、すべての部材に対してサプライヤーに生産拠点の分散を要請したり、代替サプライヤーや代替品、あるいは自社余裕在庫確保しておくことは、コストおよび業務負荷の両面で高くつく。しかし、事前に供給困難が予想される領域に限定した対応が図られるなら、効率のいいリスク回避 に結び付く。
一方、危機発生後の対応でも、優先順位付けがなく、すべての部品に対応しなければならないとしたら、供給困難を発見し、適正な対応と解決が行われるまでの期間が長期化することが予想される。解決までの期間が長いほど、買い手企業の生産が制約される期間も長くなる。従って、購入品目で対応の優先順位を明確にし、それに応じた事前準備と事後対応が図られなければならない。
しかし品目単位に供給先一覧リストを事前作成していた企業でも、部品ごとの優先順位付けがなされていない状況が散見された。そのような場合は、担当者すべてが一斉に担当部品の確認を優先度に関係なくランダムに実施したがゆえに、作業が非常に混乱した状況が見られた。
望ましい状態は、することになった企業が少なくない。しかし、効率的な対応を早期に実施するためには、判断基準を明確にした、部品ごとの優先順位付けが事前に行われていることが望ましい。
その結果、特にリスクが高く重点的な管理が必要な部品には、代替品や代替サプライヤーの探索などの事前準備を進めておく。危機発生後は、優先順位に従って確認・対応範囲の目標を設定し、順次確認を実施する状況を実現する。
そのためには、定期的に判断基準と優先順位を見直し、有効な状態に優先順位づけが維持されていなければならない。
#4:状況に応じて臨機応変に対応できるリーダーを任命する
しかし、このような対応を実施しても、過酸化水素水や電力のように予期せぬ供給途絶が発生しうることは前述した。従って、発生した状況に臨機応変に対応できる力量と権限を有したリーダーが一元的に指揮を執ることが不可欠となる。供給の状況に応じて生産や販売の優先順位の決定に関わらなければならないがゆえに、危機対応体制のリーダーは購買部門だけでなく全社を統括できる上級マネジメントを任命することを想定しておかねばならない。
それとともに、HPの「シチュエーションルーム」機能のような非常事態対応ツールを導入したうえで、非常事態発生時の対応体制が事前に書式化され、定義されている必要がある。体制に組み込まれた社員には、通常時から対応ツールを利用するための操作環境やパスワードなどが与えられている必要がある。
逆に、管理・対策組織がいくつも重なりあうと決して良い事態にならないとは、よく言われることである。責任範囲の盲点や譲り合いの発生、あるいはそれによる非難の応酬の発生を防止するためには、指揮系統の一元化が不可欠である。さらには、世界貿易センターのジュリアーニ・ニューヨーク市長やオバマ大統領、古くはインドでの有毒ガス事故でのユニオン・カーバイド社CEOのようにリーダーが先頭に立つことで、組織が共有するビジョンやミッションを呼び起こすことも、必要に応じて検討されるべきである。
#5:危機発生の対応手順を事前に制定し、定期訓練する
ある企業で、最も起こりうるケース、ベストケース、ワーストケースの3つのシナリオを策定し、それに基づいた対応が行われた事例は前述した。このような手順は、危機発生後の緊迫した時期に十分に考え出せるものではない。事前の定義が必要である。供給クラッシュでは起こるべき事態を完全に予測することは不可能だが、事前に定義した対応手順を実行しつつ、発生事態に臨機応変に対応して、最良の結果に導いていくことは可能である。
危機に直面した際の基本対応方式は、最初に記述した危機管理の要諦である「状況認識の共有→当面の目標設定→達成状況の管理」となろう。
最初に必要となるのは、可能な限り正確な状況の認識である。これを迅速かつ確実に行うためには、品目の対応優先順位づけと品目ごとの供給先一覧リストは有益な材料になる。また、前述の情報インフラも重要である。通常以外の調達ルートの探索にいち早く着手したHP社の事例のみならず、早期に正確な状況把握を行えることは、その後の影響の拡大範囲に大きく関わってくる。
次は、回復目標の設定を考えなければならない。目標という目途なしに統一性のない対応が発生してしまい、十分な成果が達成されない危惧がある。目標は「いつまでに誰がこの部材についてどのサプライヤーを確認する」といった具体的なレベルまで詳細化され、購買部門の各担当個人に割り当てられなければならない。また、担当者が確信をもって実施できるように、達成可能な内容になっている必要がある。
目標に対する達成状況は個人実績が積上げ集計され、達成状況を確認したうえで、さらに必要な手順が見直し立案され、それが新たな目標とともに、各担当人レベルの作業に落とされる。
そして、このようなPDCAサイクルを回すことにより、危機で不安定な心理状況にある担当者の信頼を確保しつつ、確実な成果を達成していかねばならない。
もちろん定期的な予行練習は、これらの手順を有効に作動させるために不可欠である。日本企業では事業継続計画(BCP)の作成に主眼を置いている危惧については既に言及した。しかし、手順を有効に実施するには、時にはサプライヤーも含めた予行練習の実施が必要になるかもしれない。
#6:通常時から調整機能を有効に機能させておく
ここまで様々な視点から記述してきたが、東日本大震災はこれまでに我々が経験したことのない未曾有の事態であった。そのため、各企業でのこれまでの想定範囲を越える出来事も多々発生している。ミトロフも危機管理の5段階の最後に「学習」を位置づけているように、今回の教訓を引き継いでいくことは、大地震を始めとする自然災害の発生を免れない日本企業にとっては重要であるとともに、企業の範囲を越えた知見の共有化が進められるべきではないかと考える。
さらに、今回の事態にいち早く対応できていたのは、普段から営業-生産-調達(サプライヤー)間の需要供給の調整機能をうまく作動させ、日常的な調整に習熟している企業であったように思われる。逆に前述した事例のように営業と生産の調整に難がある企業では、通常時以上に緊迫した危機状況が発生した際にも十分な調整は行えず、大きな混乱を引き起こしている。従って、危機発生時以前から、社内の各種調整機能を円滑に運営できていることが、危機発生時のスムーズな対処に結び付くことになると考える。
注) 出典など
1: アマンダ・リプリー 「生き残る判断、生き残れない行動(原題:”THE UNTHINKABLE”)」 岡 真知子訳, 光文社, 2009年
2: 「日銀の雨宮正佳理事は20日午前、衆院厚生労働委員会に出席し、東日本大震災による「サプライチェーン(部品供給体制)を通じた間接的な被害について、被災地に限らず全国の支店からさまざまな情報を収集している」と説明した。」(ロイター、 2011年3月20日)。また、日本産業新聞が「東日本巨大地震、主な企業の状況」の一覧表の掲載を開始したのが2011年3月18日。
3:日本経済新聞 「東日本大震災いま何をすべきか(4)信頼できる情報、内外に。」 2011年4月1日1面
4: Thierry C. Pauchant & Ian I. Mitroff “Transforming the crisis-prone organization: preventing individual, organizational, and environmental tragedies”, Jossey-Bass Publishers, San Francisco, 1992
5:総務省 「企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」 2010年3月30日発表
6: イアン・ミトロフ、ミュラト・アルパスラン 「健全なる組織はクライシス感度が高い」西 直久訳, DIAMONDハーバード・ビジネスレビュー2011年5月号
7: Barbara Reynolds and Matthew W. Seeger “Crisis and Emergency Risk Communication as an Integrative Model”, Journal of Health Communication, 10:43–55, 2005
8: 本田茂樹(インターリスク総研研究開発部長) 「管理職の的確な判断が事業継続のカギを握る」週刊東洋経済2011年4月9日号40~42ページ
9: あらた基礎研究所「企業の事業継続研究会」研究報告書(1)」 2008年12月, 11ページ
10: 経済産業省 「「東日本大震災後の産業実態緊急調査」、「サプライチェーンへの影響調査」の結果の公表」 2011年4月26日(http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110426005/20110426005.html)
11:日本経済新聞 「車の生命線復旧へ総力戦 ルネサス工場に応援2500人」 2011年4月28日
14: Steve Lohr “Stress Test for the Global Supply Chain” New York Times, 2011年3月19日
Roger Kay “Shadow Market Keeps Computer Components Flowing”, Technology Pundits, 2011年4月16日(http://technologypundits.com/2011/04/shadow-market-keeps-computer-components-flowing/)