企業の間接材購買はアマゾンが制覇 – アスクル, MonotaRO, 間接材ITベンダーの仕事が消える日

これが購買の未来だ(This is the Future of Procurement)

なぜアマゾンは法人向け(B2B)小売業に乗り出さないのだろうか、それほどに法人向け販売は魅力はないのだろうか。

…もしかするとそのように思われている方もいらっしゃるかもしれません。でもそれは正しくありません。アマゾンは既に乗り出して、米国で急速にビジネスを拡大してきています。そしてもしかすると、我々はアマゾンの画面に向かって、全ての間接材を手配するような将来を迎えるかもしれません。その時には、アスクルやMonotaROといった間接材販売ベンダーどころか、間接材購買システムのITベンダーもほとんど影が薄くなってしまっているでしょう。少し極端な話題に思われるかもしれませんが、どうしてこのようなことが考えられるのかを、このブログ記事では書いてみようと思います。

しかしいきなり詳細に入ると混乱してしまう可能性があります。そこで最初に現状をサマリーしてみます。

アマゾンは2015年4月に法人向け(B2B)販売を行うアマゾンビジネス(Amazon Business)を立ち上げ、企業向けビジネスへの本格的進出を、米国市場から始めました。進出にあたって、アマゾンビジネスは従来の法人向け(B2B)販売業者にない特典や特典やシステム操作機能を幾つも用意してきました。アマゾンビジネスの方が便利だとユーザーに思わせるような数々です。その甲斐もあって急成長しているぞとの噂を、私も何度も耳にしましたが、アマゾンからの正式な業績発表がないまま、2015年中は実態不明という状況が続いていました。

しかし2016年になって、急成長の状況が垣間見えてきました。まず最初はアマゾンの2015年度第4四半期決算報告です。「既に20万件の会員を獲得」との記載がありました。加えて、「アマゾンビジネスが市場に進出してきたのだから、合併を認めてほしい」と、後述するステープルズとオフィスデポ合併審査の承認理由に挙げられたことから、アマゾンビジネスへの注目度が俄然上昇していました。

ちょうどその時です、アマゾンビジネスが行う講演のタイトルが流れてきました。そのタイトルは「これが購買の未来だ(This is the Future of Procurement)」。設立から約11ヶ月を経た3月14日に、ISMとSpend Matters主催”Global Procurement Technology Summit 2016(GPTS2016)”で、アマゾンビジネスのヴァイス・プレジデント、プレンティス・ウイルソン(Prentis Wilson)が行う基調講演(Keynote Session)は、こんな挑発的なタイトルなのかと、事前から大きな反響を呼びました。

そこでここでは、現在米国の間接材販売市場で何が起こっているのかから始めて、GPTS2016のプレゼンで何が話されたのか、それが今後日本も含めた間接材オンライン購買にどのような影響を与えそうかをまとめていってみようと思います。

アマゾンビジネス – 2015年4月、アマゾンがB2B(企業向け)小売に本格進出した

2015年4月28日、日本ではGWの祝日の29日に、1つのニュースが流れてきました。
「アマゾンビシネスを設立して、アマゾンがB2B小売業に本格進出する!!」。

言うまでもなく、アマゾンは10兆円以上の売上がある世界最大のオンライン小売業者です。個人向け(B2C)事業では、全世界で3億人を越えるユーザーが利用しています。2016年3月30日のFinancial Timesの記事(*1)によれば、アマゾンには毎秒290万件の注文が届きますが、この値は全世界で毎秒発信されている電子メールの数に等しいとのことです。

北米のオフィス用品やMROの市場はどのような状況にあるのか

そのアマゾンがB2B小売に進出するのは、どのような意味を持つ出来事だったのでしょうか。まずは、アマゾンビジネスが進出した北米のオフィス用品やMROの市場の現状から見ていくこととします。アマゾンビジネスが当初の事業対象としている領域です。

まずオフィス用品についてです。北米のオフィス用品市場は、これまでステープルズ(Staples)、オフィスデポ(Office Depot)、オフィスマックス(Office Max)の3社が大手3強として、実店舗とオンラインの双方の経路でビジネスを行ってきました。しかし3社とも売上の成長は乏しく、2013年11月にオフィスデポがオフィスマックスを買収して規模拡大を図ったにも関わらず、オフィスデポの売上はそれ以降も横ばい、さらに首位のステープルズに至ってはの毎年3~4%ずつ売上額をが減少し続けている状況です。この状況に規模拡大で対応するために、ステープルズがオフィスデポとの合併作業開始を発表したのが2015年2月です。オフィスデポとオフィスマックスの合併から1年あまりしか経ていないにも関わらず、また大手同士の合併交渉の発表となりました。北米のオフィス用品市場は、このように再編のまっただ中にあります。とは言っても大手の合併がこれだけ続くとなると、独禁法への抵触が課題になってきます。実はステープルズがオフィスデポの両社は1997年にも合併を画策しましたが、その時は連邦取引委員会(FTC)が独禁法抵触の判断を下し実現しませんでした。そのFTC判断を覆しても合併を進めたいとするステープルズとオフィスデポのFTCによる合併審査裁判が始まったのが2015年12月です。

ではMROについてはどうでしょうか。日本のMonotaROの親会社でもあるグレンジャー(W. W. Grainger)が、実店舗とオンラインの双方で販売網大手業者として、売上を少しずつ伸ばしています。ここはオフィス用品業者とは違っています。とはいっても、グレンジャーが確保できている市場シェアは12.6兆円の米国MRO市場の6%にしか過ぎません(ちなみに、MonotaROは日本MRO市場4.3兆円の1%を獲得しているのみです)(*2)。

以下は、米国のオンライン小売業の2013年までの売上額推移です(店舗販売は含んでいません)。

図1 オンライン販売金額推移(サプライヤ別)

Amazo(一般消費者(B2C)向け)の伸びは著しいものの、ステープルズ(Staples)、オフィスデポ(Office Depot)、オフィスマックス(Office Max), グレンジャー(W.WGrainger)は売上金額も少なく、その推移も横ばいもしくは微増でしかありません。2014年以降も同様の傾向です。

では残りは誰が販売しているのでしょうか。年商50億円以下の35,000社の小規模業者(地域密着、家族経営)が担っているというのが、フォーブス誌の説明(*3)です。なんとなくこの状況、アマゾンジャパンの脅威に晒されている日本の書店業界に類似していると思えませんか?

アマゾンビジネスの立ち上げと、アマゾンサプライの閉鎖

このような企業向け(B2B)市場に参入するにあたって、アマゾンの最初の一手は、まず卸販売サイトを立ち上げることでした。アマゾンは2012年に卸販売サイト「アマゾンサプライ(Amazon Supply)」を立ち上げて、前述の小規模業者を相手にしたビジネスを開始したのです。このアマゾンサプライ、2014年には17分野で220種類の商品を提供する規模にまでに至っていたとのことです。

そして次の手として2015年に仕掛けたのが、企業ユーザーへの直販、前述の企業相手(B2B)の「アマゾンビジネス」になります。全世界3億人の個人販売ユーザーを既にもっているアマゾンです。操作方法を今更説明する必要もありません。通常のビジネスユーザーならば誰でも使えます。とすれば、これの意味するところは、35,000社の小規模業者の中抜きに他なりません。商品を揃え、準備を整えた上で、アマゾンサプライの顧客だった小規模業者をスキップして、自らが企業と直接取引する直販ビジネスへと、アマゾンはビジネスを切り替えたのです。その一方で、小規模業者向け卸販売サイトだった「アマゾンサプライ」は2015年5月13日に閉鎖されました(*4)。

このような行為は、たとえアマゾンサプライが小規模で試行的なものであったとしても、日本であれば商道徳の観点から批判が出るものではないでしょうか。しかしこの方向転換を「ゲームチェンジ」として好意的に捉える論評が米国の幾つかのサイトに記述されましたが、批判的なコメントは現在まで見いだせません。日本での通念とは異なる常識が感じられます。

では設立から約1年を経て、アマゾンビジネスはどの程度の成長を見せているのでしょうか。今後の見通しはどうなのでしょうか。2016年になってこのあたりが徐々に見えてきたことは前述しました。2016年2月頃の情報では、「2015年は4400億円、2016年は3割増の5700億円」(*6)とのことですから、既存最大手のステープルズのオンライン販売額の半分、店舗とオンライン販売額合計(すなわち、ステープルズの総売上)の4分の1まで2016年には達する見込みです。またGPTS2016の講演では設立からの11ヶ月間で、登録アカウント数が30万件に達したとの話がありました。3ヶ月間で10万件の会員が増加したことになります。これはかなりの急拡大といえないでしょうか。

アマゾンビジネスとはどのようなものなのか?

では、アマゾンビジネスとはどのようなものなのか、ビジネス上の特典と間接材購買システム機能の2点から見ていってみましょう。

#1:アマゾンビジネスが提供するビジネス上の特典

アマゾンビジネスが提供するビジネス上の特典は、以下のように説明されています(*5他)。

  • 業種・企業規模や購入額に関わらず、アカウントを無料提供(プライムのような年会費は不要)
  • 個人向けなどで培ってきた2百万社のサプライヤーが背後にいる(商品を提供できる)
  • 企業向けの専用商品を提供(個人向けに販売されていない商品がある)
  • 企業向け特別価格の提示、さらに商品によっては購入量に連動した値引きを提供
  • 企業特性に応じた免税価格での販売(購入後に企業が還付申告をする手間を不要化)
  • 商品を提供するサプライヤープロファイル情報(ISO9000認定、女性/マイノリティ/退役軍人経営など)の表示(これにより、買い手が自社の購入要件に合致するかを、サプライヤーに対していちいち調査する手間を省略)
  • アマゾンビジネス採用サプライヤーという信頼性を提供
    (アマゾンビジネスのサプライヤー登録要求要件は、以下のように個人向けより厳格)

    • 不良率:0.5%以下(個人向けは1%以下)
    • 出荷前キャンセル率:1%以下(個人向けは2.5%以下)
    • 出荷遅延率:2%以下(個人向けは4%以下)
  • 49ドル以上の購入は送料無料で翌日配送
    (米国ではウォールマートが50ドル以上無料なことから、1ドル少ないこの条件になって
    います。購入価格に関係なく、100円の購入でも無料配送していた日本が特殊な状況で
    した)
  • 複数ユーザーを、支払方法や届け先が共通の同一企業・部門所属スタッフとして登録可能
図4 企業向け価格と無料配送
#2:アマゾンが提供する間接材購買システムの機能

前述のビジネス上の特典に加えて、基本的な間接材購買システムの機能が無償提供されるのも、アマゾンビジネスの特長です。

商品カタログから選択しての発注(Catalogue Purchasing)や、発注進捗状況照会(Order Tracking)は個人向けアマゾンと同様です。

それに加えて提供される機能の1つが発注承認のワークフローです。一般消費者向けのアマゾンでは、支払カード情報などを入力した後、操作者が「注文を確定」ボタンを押せば発注ができてしまいます。しかし、アマゾンビジネスでは、操作者が「注文を確定」ボタンを押した後に、その発注の承認者を設定できるようになっています。システム用語では、この機能を「承認ワークフローが実現できる」といった言い方をしますが、企業で購買統制を効かせるに必要最低限のワークフロー機能が実現できるようになっています。

図2 承認ワークフロー

さらに提供されるのが支出状況の可視化機能です。これを使えば、大まかな支出状況を可視化して管理することができます。例えば検索・集計条件を指定して、支出状況をグラフ化している事例を見てみましょう。

下図では、左から「集計対象データ(ここでは発注(Order))」、「集計期間(ここでは12ヶ月)」、「集計対象区分(ここでは購入品目別)」、「最大4つまでの集計対象(ここでは、オフィス用品、パソコンなど)」と集計の仕方を指定して、月ごとの支出金額をグラフ化しています。
さらにタブを切り替えると「集計表(Table)」形式でもデータが提供されますので、それをパソコンのExcelなどに取り込んで、より複雑な集計分析を行うことも可能となっています。

図3 支出トラッキング

たしかに複数の集計軸が選択できず、クロス集計ができないなどの制約はありますが、ざっくりと日常の支出管理を行うのであれば、これは十分な機能ではないでしょうか。

※アマゾンビジネスのシステム操作の概要については、後述の「参考:アマゾンビジネスの概要 #1:アマゾンビジネスの操作手順」もご参照ください。

アマゾンビジネスは今後どこまで進むのだろうか

日本のオンライン販売業者のシステム機能提供状況

では、日本の他のオンライン販売業者では、システム機能の提供はどうなっているのでしょうか。

例えば、3月22日の日経産業新聞の記事にはMonotaROが「 大企業向けの購買システムも販売している 」という記載がありました。その大規模事業者向け購買管理システム「モノタロウ ONE SOURCE」と比較してみましょう。発注前に類似商品を比較検討できる機能、および発注承認(決裁)ワークフロー機能は、モノタロウONE SOURCEもアマゾンビジネスも備えています。しかし、支出状況のトラッキング機能はモノタロウONE SOURCEにはありません。さらに、モノタロウONE SOURCEは導入金額2百万円、月額利用料が2万円以上かかるとされています。導入費用に月2万円の利用料を負担がモノタロウONE SOURCEの利用で補償できるところとなると、相応の購買量がある企業に限られるように思えます。

一方で、アスクルが提供するソロエルアリーナでは、無償でアマゾン同等の多くのシステム機能が提供されています。承認ワークフロー、複数スタッフを同一企業所属として支払を一元化などの機能が無償です。支出状況のトラッキング機能(支出状況をオンラインで可視化/グラフ化する機能)は提供されませんが、最大過去1年間の購買履歴データをダウンロードして、PCなどの分析に使うことができます。現在報道されているアマゾンビジネスの提供機能は、ようやくソロエルアリーナに追いついたと言えるかもしれません。

図7 ソロエルアリーナ提供機能例

ワーストケースを考えると…
間接材購買トータルソリューションの無償提供まで進まないだろうか

しかし資金力があるアマゾンビジネスが、果たしてここまでで留まるかです。

昨今の間接材購買システムには、以下のような特徴があります。
a). クラウドコンピューティングの名のもとに、共通出来合いシステムを使うことが常識化
b). 機能装備がもっとも難しいのは、購買カタログ機能部分

それぞれをみていきましょう。

a).クラウドコンピューティングの名のもとに、共通出来合いシステム適用が常識化
クラウドコンピューティングという用語の普及とともに、出来合いのシステムを調整して使うことが一般化しています。特にバックオフィスのルーチン業務用システムでは、自社用へのシステム開発・修正は考えられなくなりつつあります。手作りによる多額のコスト発生が許される状況では無くなっています。

もちろん出来合いのシステムだからといって、導入企業ごとの調整は必要です。部門、利用ユーザーといった社内情報、品目分類コードや勘定科目コードなどのコードマスター類、サプライヤー情報などの事前登録は不可欠です。しかしそのために、システムの専門家を動員して、プログラムを書く手間などはほとんど不要です。導入先企業で独自開発したシステムとデータ連携する場合ぐらいにしか、システムの専門家は要りません。

以下は、クラウド型(出来合い型)間接材購買システム2強の1つ、Coupa(クーパ)の設定メニュー画面です(先日のWebinarの操作デモから画面コピーしました)。自社用への調整は、画面の項目をクリックして、表示された入力画面に値を設定していくだけ(スマホの設定メニューと同じように、いくつかの文字列を入力し、プルダウンメニューなどからの値を入力していくだけ)で済んでしまいます。サプライヤーデータは、パソコンファイルをアップロードする機能があります。Coupaの設定にそこそこ精通している業務担当者であれば、部門内を調整しつつ1週間もあれば動作する仕組みを設定することが可能なのです。

図5 クラウド間接材購買システムの設定

このように、業務ユーザーによる値設定・調整機能を持つ共通出来合いシステムが1つだけあれば、多くの企業に間接材購買システムとして適用できる、それが常識となってきているのいです。

b).機能構築がもっとも難しいのは、購買カタログ機能部分

ところで、間接材購買システムを構築する上で、もっとも難しく、工数がかかるところはどこでしょうか。

間接材購買システムが持つべき機能には、アマゾン型購買のようなオンラインカタログ購買操作と都度見積もり購買操作の2種類があります。そのなかで最も構築するのが難しいのは、オンラインカタログの部分に他ありません。わかりやすい操作、迅速な検索スピード、パーソナライズ機能等、この部分を作れずに提供されてきた購買システムパッケージソフトが幾つもあります。また自社で作りこもうとして失敗したり、膨大な開発費用がかかった事例も多々あります。

一方で、それ以外の機能は10年以上前から「Web EDI」として中小を含めた多くのITベンダーから提供されてきました。このような経緯から、例えば満足なオンラインカタログ機能を備えた国産ベンダー産パッケージは、限定的になっている現状です。

アマゾンビジネスの購買システムは、必要機能をすでにかなりをカバーしている

ところで、アマゾンビジネスから提供されている購買システム機能の状況を、前述の2つの特徴に即して振り返って見ましょう。業務ユーザーによる値設定・調整機能を持つ共通出来合いシステムの観点では、承認ワークフロー設定や同一企業のユーザ登録などの値設定が行える共通出来合いシステムとしての態を既に成しています。加えて間接材購買システムでもっとも難しいオンラインカタログ機能は、あらゆる間接材購買システムが参考にするほどに汎用化した内容で構築済みです。

とすると、もしアマゾンビジネスがオンラインカタログ購買操作と都度見積もり購買操作の2つの機能を備えた、共通出来合いの間接材購買システムを構築しようとした場合、その溝はもはや大きくないのです。さらにアマゾンビジネスのような大規模ビジネスになるほど、システム機能追加にかかる費用は利益全体に対して希薄化することは言うまでもありません。

アマゾンが間接材購買システムを無償提供するに至る誘因
もし購買データが把握できれば、間接材購買システムの無償提供も妥当なのでは

では、無償で間接材購買システムを無償提供する、アマゾンビジネス側の動機はあるのでしょうか。ここからは仮定になります。しかしもし、間接材購買システムを通過する購買データを一部分でもアマゾンビジネスが把握できる状況が作り出せるならば、無償提供の余地は有るのではないでしょうか。

アマゾンにとっては、オンラインカタログ経由の購入が収益の源泉です。収益を上げるには売れる商品が掲載されたカタログができあがっていなければなりません。一方で、間接材購買では75%がカタログを経由しない購入であると言われています。この75%をいかにカタログ経由に切り替えるのか、その判断材料は何よりもカタログを経由しない購入のデータです。オンラインカタログを経由してくれれば、運送料などは差し引かれるものの一定マージンが確保されるのですから。

とするならば、もし購買データが部分的にでも把握できれば、アマゾンビジネスが間接材購買システムの無償提供に踏み切る可能性は小さくないように思えます。そうなると、システムベンダーが現在有償提供されている間接材購買システムの機能が無料で使えるようになります。こうなった場合、果たして企業は有償のシステムを使い続けるでしょうか。

このようにして、まず間接材購買システムのITベンダーの仕事が消えます。すると、各社のユーザーはアマゾンビジネスを使って、間接材購買業務を行うことになります。そうなった場合、わざわざ他の間接材販売ベンダー(アスクルやMonotaRO)のサイトに買いに行く人は射るでしょうか。このようにして、間接材販売ベンダーの仕事も消えます。

2015年4月の発表を聞いた際に、私が立てたワーストシナリオがこのような事態でした。もちろんシステム無償提供条件や、販売価格にも依存しますが、あながち荒唐無稽ではないように思えるのです。

GPTS2016基調講演は穏当であったが、しかし…

図6 GPTS2016プレゼンテーション

「これが購買の未来だ(This is the Future of Procurement)」という講演は、このような背景ゆえに、大きな注目を集めました。

にもかかわらず事前に配布されたアジェンダでの講演内容事前紹介は、どこか曖昧さが感じられる漠然としたものでした。

「購買の未来とデジタルビジネスはよく議論されている、そこで、もっとも進んだサプライチェーン上で、どのように実際に実現されているのかを見ていくとしよう。デジタルビジネスは、デジタルバリューチェーンによって可能ならしめられる。それゆえ、購買およびサプライチェーン部門がこの根本的に新しいやり方のリーダーシップを担わなければならない。単純な「ビジネスネットワーク」を越えて、プラットフォーム思考・設計を、技術蓄積、購買サービスポートフォリオ、さらにはより広範なバリューチェーンに適用していく方法が説明される。この革新的なセッションをお見逃しなく。」

そして講演自体はどうだったかというと、報道からも、現地出席者からのメールでも「穏当、やや拍子抜け」という雰囲気が伝わってきています(後述のステープル・オフィスデポ裁判の影響などへの配慮があったと思われます)。講演の内容は次のように伝えられています(*7および8)。

  • アマゾンビジネスとは、使いやすい技術的な仕組みに基いて、買い手とサプライヤーを仲介するB2Bマーケットプレースである。個人向けアマゾンでもビジネス購買用途で利用してもらえていたが、企業ユーザーにさらなる利便を提供する。
  • 発注の47%はアマゾンに出品しているサードパーティベンダーから提供される。
  • アマゾンビジネスは、承認ワークフローなどビジネス用途で必要な機能を提供する。
  • しかし間接材購買ソリューションベンダーに対抗するものではない。アマゾンビジネスは、間接材購買ソリューションの背後にある。アマゾンビジネス商品カタログを、ベンダーの間接材購買ソリューションに容易に取り込めるようにするので、ソリューション経由でより多くの発注を得たい。
  • アマゾンビジネスが購買商材を提供し、それを間接材購買ソリューション経由で発注してもらうことで、購入先企業での支出可視化に貢献したい。これは取引するサプライヤー見直し・集約化にもつながる。
  • 操作者が使い方に習熟している使いやすい仕組みの提供は、業務効率化にも役立つ。
  • この仕組みを運営にあたっては、これまでのアマゾンのサプライヤー基盤や、9万人のアマゾン従業員のサポートが提供される。
挑発的なところなど微塵もない優等生のプレゼンテーションといったところでしょうか。
でもこれには理由があったように思えます。
穏便に進んだ理由:ステープル・オフィスデポ裁判での法廷証言が並行して進んでいた
というのも、ちょうど並行してもう1つの事態が進行していたのです。
2015年2月に発表されたステープルズとオフィスデポの合併交渉に対して、連邦取引委員会(FTC)の審査が2015年12月に開始されたことは前述しました。その際に、両社が合併の正当性の根拠としたのが、アマゾンビジネスの急拡大でした。
アマゾンビジネスの進出により両社が合併しても競争の不公正は発生しない、それが両社の主張でした。そしてその論拠の証人として、CPTS2016でプレゼンを行ったプレンティス・ウイルソン(Prentis Wilson)を法定に召喚されたのが、プレゼンの翌週の3月22日というタイミングだったのです。加えて、センセーショナルな記事を書く傾向があるニューヨークポスト(New York Post)紙に、3月16日に「ステープルズとオフィスデポの合併を成立させるために、オフィスデポの企業事業部門をアマゾンビジネスに売却するのではないか」という憶測の記事が掲載されるなどの騒ぎも発生していました。
このようにうかつなことは言えない状況が、ちょうど発生していました。また、間接材購買ITベンダーを敵に回して、カタログ販売の機会を失うことも、現時点では得策とは考えていなかったとも思います。
Spend Matterによる洞察:有益だが注意も必要
それゆえ、やたらと波風を立てても何の得にはならないアマゾンビジネスとしては、GPTS2016でのプレゼンを穏健に済ませたのではないでしょうか。しかし一方で、Spend Matters UKのPeter Smith氏のGPTS2016の記事(*7)は以下のように結んでいます。

とても興味深いオープニングプレゼンテーションであり、肯定的にとらえられる。しかし、アマゾンビジネスはビジネス用品サプライチェーンの性格をまったく変えてしまうかもしれない。まさに書籍販売で、アマゾン顧客のオペレーションにて引き起こされたように。購買担当者は、アンドリュー・コックスの言うパワーバランスからよく考えてみることだ。アマゾンが唯一の売り場になってしまうのは好ましいことだろうか? 課題はある。多くの企業にとってアマゾンビジネスは有益なツールになるだろうが、注意も払っておく必要があると提言したい。

既に述べたように、私が2015年4月29日(日本時間)にアマゾンビジネスの発表を聞いて、内容を確認した際に思い浮かべたのは「企業向け(B2B)販売業者も、間接材購買ITベンダーも仕事がなくなり、アマゾンに向かって全ての間接材購買業務を行うようになる」世界でした。私の前職の立場にとっては、これは「ITソリューション導入の仕事も、購買業務アウトソーシングの仕事も大幅に縮小する or 消滅する」こととなります。それゆえ以降、私はこの事態をワーストシナリオとして、アマゾンビジネスの動向に注意してきましたが、どうもそのリスクはさらに高まってきたように思います。

参考:アマゾンビジネスの概要(操作手順、コミッション体系)

#1: アマゾンビジネスの操作手順

最後にアマゾンビジネスの操作手順の概要をまとめてみます(残念ながら、納税者番号を指定しないとアカウント登録ができないため、説明ビデオなどから抽出しています)。

①アカウントの登録
アマゾンビジネスの利用を開始するには、まずアカウント登録(ビジネスプロファイル登録とアカウントセットアップ)を行う必要があります。

操作#1 初期設定の実施


②アカウントの設定-同一企業ユーザーへのグループ化/承認ワークフロー設定
アマゾンビジネスでは、個別のアカウントを同一企業のユーザ(支払口座や納入先が同じ)にグループ化して登録したり、承認ワークフローを設定できるといった購買システム機能が提供されます。

操作#2 初期設定-アカウントの設定


③企業向け(B2B)販売基本画面
操作を完了すると、個人販売(B2C)用の操作画面とほぼ同等な画面が表示され、個人販売用とほぼ同様の操作で発注を進めることができます。

操作#3 カタログ画面


④企業向けで提供される特有機能- 問い合わせライブチャット/企業特別価格
個人販売(B2C)の提供機能に加えて、購入者がメーカー/サプライヤー担当者(アマゾン社員ではありません)に直接リアルタイムで問い合わせを行える「ライブチャット」機能が提供されています。また、企業向け特別価格(Business Price)の提示もあります。

操作#4 アマゾンビジネス特有機能


⑤承認者の設定
アカウントセットアップで指定しておけば、購入承認者を設定することができます。

操作#5 発注承認ワークフロー


⑥注文進捗トラッキング
注文の進捗状況は、個人販売(B2C)用と同じです。

操作#6 注文進捗表示

#2: アマゾンビジネスの販売コミッション体系

アマゾンビジネスでの販売コミッションは、基本的に6%(少額単価のものは、それよりも高率になる)とのことです。(*5)

操作#7 サプライヤー販売金額に対するアマゾンの取り分


参照情報(References):

1) Financial Times: Investors mine Big Data for cutting-edge strategies (2016年3月30日)
2) W.W.Grainger: 2015 Factbook
3) Forbes: Amazon’s Wholesale Slaughter: Jeff Bezos’ $8 Trillion B2B Bet (2014年5月7日)
4) Forbes: Amazon Launches Amazon Business Marketplace, Will Close AmazonSupply (2015年4月28日)
5) CPC Strategy blog: Amazon B2B Platform: Amazon Business (2016年3月15日)
6) B2B E-commerce World: To sell or not to sell on Amazon Business (2016年2月11日)
7) Spend Matters UK: Amazon Business – Insight from the Spend Matters Tech Summit (2016年3月23日)
8) Spend Matters: Amazon Business is ‘the Marketplace Behind the E-Procurement Solution’:GPTS 2016 (2016年3月15日)
9) New York Post: Amazon eyes Office Depot deal to launch office supply business (2016年3月16日)

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